最強のSJ20がとうしても欲しい!!そう思ったのはいいが、田舎の北海道(汗) SJ20が売っているどころか、実車すら見た事がなかったのだ(涙) 
たま〜〜〜に、オークションなどで見かけたが、物凄く高くてとても手が出せるような情況ではなかったのである。 

2000年の夏、ジムニー仲間の『なおっち』氏から、『SJ20が解体屋らしき所に置いてある』との情報が入ったのだった。
いてもたってもいられなくなった私は、150km近く離れた、なおっち氏を訪ねていくのであった。
そして、一緒に見にいった時の画像が上!!!

見た瞬間    『これは、再起不能・・・・・・』だと思った(涙)

マフラー無いし、錆びがひどい、ボデーは穴が空いているし、エンジンが掛かる判らない、ブレーキすかすか?オマケに、スゲー汚い。ネズミが住んでいたの??かしら?

なぜか?黄色ナンバーが付いていたが、全く別の車のナンバーだった(汗)
これは、素人の私にはとても手に負えない。
オマケに、これから冬になって雪に埋まってしまうので素直に諦め、他の物件を探す事に(笑)

それから、また半年間SJ20探しに翻弄する日々が
(涙) でも、予想通り?? 売り物件どころか、実車にすらお目にかかれない日々がつづく・・・・
年が明けて2001年春!ついに、捜索を断念。再起不能と思われた物件を購入する事になりました。(もう、北海道では見つからないと勝手に判断・・・・・)

金額が『45,000円』也!?うーん、全くの不動車にしては、破格の高さ?

一瞬どうしようか、また迷ったが、もう、探しつかれたので購入を決定!!!!
購入してからの問題は山積みであった。
何年放置していたか?全く判らなかったし、抹消登録はなんとかあったが、譲渡証明が無い(汗)
(後で判ったことなのだが、抹消登録があれば譲渡証明は必要ない)

なぜ?知らなかったかと言うと、登録方法をネットで調べたら、ど〜んなHPにも、必要と書いてあったからである。

うーん、車の再生と登録へ向けての書類集めを同時に進行させる事に決定!!

150kmも離れた解体屋に自走可能になるまで修理しに来るハメに・・・・・
何時も手伝ってくれたなおっち氏に感謝!
発見したエイトの問題点はまず、エキマニが折れている(涙)  バッテリーが無い。 ブレーキが固着している。マフラーが外れてる。ボデーが穴だらけ、etcである。 

よって、発見当時エンジンが生きているかどうかも判らない状態であった(汗)

まず、なおっち氏と2人でできるかぎりの作業をする事にしました。最初に手を付けたのが、ブレーキのOHです。ブレーキ踏んでもスカスカでこれじゃあ、のれたものじゃない!
2人でドラムブレーキを分解してみると!シリンダーがサビで固着していて使い物になりません。ど、どうしよう! 部品注文したらすっごく高そう(汗)

そういえば、この敷地に大破したSJ10の残骸がある事に気がつきました。

おそる、おそる、SJ10のブレーキを分解してシリンダーを外してみると、固着してない、綺麗なシリンダである事が判明! おもわず、踊りだす2人であった(笑)

そこ後、新たな助っ人『山下』氏にわざわざ来ていただいて、作業を手伝ってもらう事に!

なおっち氏、山下氏の協力を得て、レストア作業は進みます。
何度150km離れた北見に行ったでしょうか? 

予想通り5月の連休の殆どをレストアについやしてしまいました。

ドラムなんて触った事の無かった私でした
が、両氏の指導の元なんとか、OHに成功。
(両氏が居なかったら、調整方法すら判らなかったと思います。(汗))

特に山下氏の知識は物凄く、私となおっち氏が散々悩んで上手くできなかったドラムブレキーのクリアランス調整なども難なくこなします。
ほんとに、心強い!
ブレーキの修理に目処がたったので、他の作業を中心に進めて行きます。

次なる難関は、エキゾーストマニホールド(通称エキマニ)と下に落ちたままのマフラーの再生です。

エキマニは集合部分からバッキリと見事なまでに折れていて、交換しかありません・・・・
(エキマニは鋳鉄でできてますので溶接は膨張率の違いから長持ちしないらしい)

外そうとするエキマニは錆が凄い。
一本でもスタットボルトが折れるとそのボルトの除去に物凄い手間を掛けなければならない。
作業に入った当時から、エキマニを固定してあるスタットボルトとナットには、CRC(潤滑油)でドロドロになるぐらい吹き付けてました。

さて、覚悟を決めてメガネレンチを掛けます。
このような場合はゆっくり緩めるのではなく、一気にガツン!とレンチに力を入れるのが基本です。

神様に祈ってから一本ずつ緩めて行きます!

ガツン!ガツン! 一本、また一本と緊張しながらの作業です。 最後の一本が何事も無く緩んだ時には思わず『ヤッター』と叫んでしまったぐらいうれしかったです(笑)
エキマニ交換、新品バッテリー搭載!全オイル交換、で、エンジンを早速かけてみる
『きゅるるるる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』というだけで、全然掛かりません。そこで、山下氏がキャブにブレーキクリーナーを強引に吹き込み!再度チャレンジ! 
『ぶおおお−−−−−ん』


 と何事も無かったようにエンジン動き出したのではありませんか!!
何年かぶりに目覚めたエンジンは、アイドリングも安定し、信じられないくらい調子がよかったです。

こうして、車体の方は自走の目処がたちました。 

で問題の書類ですが、譲渡証明と印鑑証明が必要です。
(先にも書いたが、廃車証明があれば、譲渡証明が無くても名義変更が
できる、しかし、この時点では知る由もない(涙))

廃車証明に記載されている人物を電話帳で調べて、思い切って事情を説明する事に!あたってくだけろ〜〜

おそる、おそる電話して事情を話すと、『20年前に乗っていた車が、まだ、この世の中に存在したのは信じられない!』と初代オーナー氏は大変驚いてました。

後日、御茶菓子を持参して、初代オーナーを訪ね、レストア中の写真や、
廃車証明などを見せた所、快く! 譲渡証明と印鑑証明を頂く事ができました。
大感謝です!!!!!!!!!

ついでに、自分のエイトの生い立ちや、実走行距離も聞くことができました。
初代オーナー実走行距離は、なんと、3万キロ  二代目のオーナは解体屋
さんで、大きな声ではいえないが、『黄色ナンバーをつけて山を走った程度』
らしいこの時点で、3万6千キロ!で、三代目オーナーの私の元にやってきたのだ。 

書類問題、車体の車検に向けての整備をほぼ終えて、後は整備工場に入れて、
ナンバーの取得をして頂くだけである。
(車検も自分で取得すればいいのだが、仕事が休めない職場なので)
方法は、色々あったが、市役所に行き仮ナンバーを取得して、
正々堂々と走って来る事に決定!!
仮ナンバー取得のために、自賠責保険(共済)証明書が必要だ!
車検も睨んで13カ月分入っておいた。

で市役所に行って申請した所! 問題が(汗)
申請用紙には、月日、時間、走行ルート、目的などがあるのだが(涙)
担当官曰く、『陸運支局以外への搬送の目的では、仮ナンバーは出せない』らしい(汗)
そ、そんなばかな???
申請用紙にも、搬送目的って欄があったぞ!!! ふざけるなって!!

担当官A 『だって、整備すんで動くんでしょう??だったら、支局まで行って車検受ければいいじゃない(笑)

ガラス屋 『仕事が休めないから、休日に地元に持ってくるだけです。後日取得しますよ(汗)』

担当官B 『それじゃあ、駄目だね(笑)』 

ガラス屋 『なら、日曜日に北海道運輸局旭川陸運支局の駐車場の前まで運びます』

担当官A、B 『それなら、なんの問題もありませんね!!』

って正気かよ〜〜 支局の前に路上駐車しとけっての???

ナンバー無し(オマケに、ポンコツだし)でそんな事したら、間違いなく放置車両そのもの、粗大ゴミとして処理されそう(涙)

とまあ、、申請は上記の通り大変でしたあ(涙)
さて、無事、仮ナンバーを借りる事ができ、自走で地元まで持ってくる事ができるようになりました。

もちろん、単独走行は危険極まりなおので、やまさんに、一緒に走ってもらう事に!

北見のなおっちさんが見守る中、旭川へと旅立つのでした。 途中、道北最大級の峠、『石北峠』があるものの、あっけないぐらい簡単に走破してしまいました。
最悪の場合に備えて、トウバーも用意していたのですが出番無し(汗)

目的の整備工場の駐車場に入って、ナンバー取得を行うだけの状態になったのです。

ナンバー取得や車検もあっけないほど順調で数日後にはナンバーが付いた状態で私の元にやってきました!
協力して頂いた、すべての方々に感謝です。!!

下の画像が塗装した直後の画像です。
塗装は手を抜きました。建材用の塗料を嫌がる後輩と二人でハケ塗り。いずれ、ボデーもレストアする予定です。
その後のエイト・・・・・

当HPで紹介されているメンテナンスの数々をこなす羽目になりました(笑)

私自身、この車が通勤車も兼ねていますので、基本的に毎日動いて頂かなければならないのです。

車検終了後も、日常の足に使える用に改修を重ねて行く事になります。

エイトを整備した詳細な記録はこちら!!